10. “建築”のちからを形にする
創るのは、時間とともに輝きを増すもの。
私たちはこの半世紀で4000を超える建物を創り出してきましたが、その中でずっとと大切にしてきたひとつの思いがあります。それは、時間が経つにつれてより美しくなっていく建物のつくり手でありたい、ということです。建築物の完成とはその命のはじまりのときであり、人々がそこで過ごす時間を積み重ねることで、より空間に深みが増していく。それこそが、建物の基本的な価値づくりであると考えています。1984年に完成した沖縄にある「熱帯ドリームセンター」では、成育する植物はその独特な造形と一体となって風土に溶け込んでいます。また、2017年に日本建築学会賞を受賞した「関西学院西宮上ヶ原キャンパス」は、W.ヴォーリズによるスパニッシュ・ミッション様式を継承した建築群を40年間にわたり創り続けることにより、卓越した文教都市空間を創造しました。そこには、完成した時には現われなかった建築のちからが、時を経てその建物独自の輝きとして人々に感じられるようになってきているのです。





創るのは、ひとの思いのさらにその先にあるもの。
時間を経ることによって生まれる価値を私たちは創り出したい。川崎市にある「洗足学園」 では、ひとの手仕事で創り出された素材だけを外装に使うことで、プロジェクトのはじまりから30年の時が経った今、教育の形として「見知らぬ人への敬意」という思いをつないでいます。栃木県の「西那須野町三島公民館」では玉石積みという素材の温かみがそこに集う人々に世代を超えた共同の記憶をもたらしています。また、京都市にある「世界救世教岡田茂吉記念館」では、季節とともに移り変わる光と風の体験を味わうために多くのひとがリピーターとして訪問するようになってきました。このような建築のちからは、歳月を重ねながら徐々に表に現れてくるものなのです。そしてそれは、依頼主の方が当初心の片隅にぼんやりと抱いていた憧れや理想を形に変えていくのに必要な時間ではないかと思うのです。建築物の創り手として、ひとの思いのさらにその先にあるものを創り出したい、と私たちは常に考えています。


創るのは、人々の未来へとつながる体験。
私たちが手がけた建物の中には地域発展の核になるための事業施設もありますが、非日常の空間としてそこを訪れるひとの心に深く刻まれる体験を与える建築物も数多く創り出してきました。福島県いわき市の「アクアマリンふくしま」や山口県下関市の「下関市立しものせき水族館(海響館)」は、水棲生物の展示館であると同時に地域の歴史と自然環境、さらには海とひとの関係のあるべき未来を示唆することで訪れるひとに地球環境への敬意を共有してもらえる空間づくりをしています。また、「高知県立美術館」や「岩手県立美術館」のように、美術館としての展示機能のみならず、時を忘れる空間としてその地域のアメニティ(心地よさ)の水準を高める役割も果たしています。さらに、「高知城歴史博物館」や滋賀県長浜市にある企業博物館である「ヤンマーミュージアム」などでは、鑑賞と空間体験が一体となり、人々の記憶に深く刻まれる建築として今も多くの人々を迎え入れています。






つくるのは、建築によってしか創り出せないもの。
ひとが集まり、ひとつの時空間で同じ感動を共有する。それは、社会資産としての建築物ならではの役割です。東京都府中市の「味の素スタジアム」では、急勾配二層スタンドという形式を用いることで、後席の観客と選手たちの距離を近づけ、より一体感と臨場感が楽しめる観戦を実現しました。この成果は最新の大規模スタジアムである川崎市の「等々力陸上競技場メインスタンド」にも前傾型二層となる“Fスタンド”としてさらに効果的に展開されました。また建築は、万一の際に人々を守る拠点としてもそのちからを発揮します。目黒区の柿の木坂にある「めぐろ区民キャンパス」は、公共施設の水準を超えた美しい空間により地域の中心となると同時に、いつ来るともしれぬ災害と向き合う都市市民の安心のよりどころとなっています。石巻市の北上川の中瀬に建つ「石ノ森萬画館」は、水害を予想した設計により2011年に東北地方を襲った津波の際に、漂着した40数人の方を5日間にわたって守る拠点となりました。自然の脅威と向き合っているこの国にあって「ひとの命を最後まで守りきること」は、建築物の根源的な使命です。私たちが常に見つめているのは、建築によってしか果たすことのできない役割であり、それによってしか創り出すことのできない未来なのです。



