失われた歴史的建築とその周辺地区を史資料に基づき復元する
足尾という場所
栃木県日光市の足尾は、群馬県との県境に位置する山間の町です。
この地にある足尾銅山は、江戸時代から銅を産出し、明治期には日本を代表する銅山の一つとして近代化を支えた重要な産業拠点であった一方で、公害の原点として向き合ってきた土地でもあります。足尾銅山には、日本の近代化を支えた「産業遺産」と、公害の原点という二つの歴史が刻まれています。私たちは、この相反する記憶をどのように未来へ継承すべきかという問いから、この計画をスタートしました。
歴史的地区の「失われた中心」を取り戻す
建物を単体として復元するだけでは、この場所の歴史は継承できません。私たちは、足尾の掛水地区に残る建築群との関係性を取り戻し、歴史的地区全体の「修復」によって、地域に積み重ねられた記憶を未来へ継承することを目指しました。
足尾はかつて谷沿いに鉱山労働者の社宅が形成され、最盛期には人口5万人を数えましたが、閉山後は人口減少が続き、現在では約1200人の町となっています。敷地周辺の掛水地区には煉瓦書庫や古河掛水倶楽部・役宅など、多くの歴史的建造物が残されています。しかし、本来この地区の中心であるべき鉱業所(事務所)の本屋は既に失われていました。このプロジェクトは、古河グループ創業150周年を機にこの建物を再建し、歴史的景観を現代に据え直す試みでもありました。

多くの文化遺産が現存する掛水地区
近代建築の系譜に連なる事務所建築
1911年、足尾の象徴ともいえる木造2階建ての鉱業所(事務所)が完成します。設計に関わったのは、日本銀行本店や東京駅丸の内駅舎で知られる辰野金吾と葛西萬司でした。しかし、この建物が足尾に存在したのはわずか10年ほどでした。その後、栃木県足利市へ市制施行に伴い移築され、市庁舎として利用されましたが、1970年代に解体され、当時の部材も残されていませんでした。
推測を排除し、史資料に基づく「復元」
復元というと、現存していない建物を、遺構を手がかりに上部構造を推測して再建する例もあります。しかし、この計画では、不確実な推測による再現は行わず、確かな根拠となる史資料が揃っている箇所に限定して復元を行うこととしました。
そこで、設計にあたっては、以下の3つを基本方針としました
1.徹底的に推測を排除した復元
2.復元部分と非復元部分の明確な区分
3.現代建築としての機能との両立
復元の根拠となったのは、当時の図面や写真資料です。尺寸で描かれた各階平面図が残されており、当時の間取りと寸法を確認することができました。また、移築時の契約書には材料や寸法が記されており、建物の仕様を把握する手がかりとなりました。外観写真も多数残されていたため、設計では3Dモデルを作成し、写真と同じアングルで比較検証を繰り返すことで、写真を設計情報へと読み替えながら精度を高めました。

復元の根拠とした史資料 創建時の史資料:古河機械金属所蔵

写真を分析し、比率で各部寸法を検証 創建時の史資料:古河機械金属所蔵
地中に残された基礎
建物の形だけでなく、その配置についても根拠が求められました。その手掛かりとなったのが、地中に残されていた創建時の基礎です。鉱業所(事務所)の跡地は、建屋の移築後も、広場やテニスコートとして利用されていたため、地盤が大きく改変されていませんでした。そのため創建時の基礎が地中に残されており、地表を浅く掘り下げる鋤取り調査により、建物の位置を確認することができました。現在の足尾銅山記念館は、この基礎の位置に基づき配置されています。

地中に残されていた創建時の基礎
内部空間の復元と現代部分の調和

内部空間では、復元対象となる部屋と現代的に再構成する部分を明確に分けました。オレンジ色に示した3室は、床には天然リノリウムを用い、壁は漆喰塗とするなど、当時の材料や意匠をできるだけ忠実に復元しています。部屋ごとに異なる意匠が施されていた格天井や窓廻りのディテール、カーテンやシャンデリアも、残された写真資料を基に一点ずつ検証しながら復元を行いました。

足尾銅山の歴史を展示した内装を復元した室 写真:川澄・小林研二写真事務所
一方で紫色に示した展示室や廊下などの共用部では、各部の輪郭はできる限り踏襲しつつ、細部のディテールは現代的な建築として再構成しています。また色調にはわずかな差異を加えることで、建物全体で統一感が保ちながら復元部分との違いを読み取れるようにしました。

建物全体での統一感は保ちながらも復元とは区別できる意匠 写真:川澄・小林研二写真事務所
2階の展示室へと導く中央階段は、平面図から位置や段数は確認できたものの、細部の意匠を示す資料が残っていませんでした。そのため、同じ設計者が手がけ現存している旧岩手銀行本店の階段を参照し、当時の様式を損なわないよう新たに設計しました。また、新設部分であることを明確にするため「2025」と刻印を施しています。

左)参考事例である旧岩手銀行本館を採寸 右)階段に刻印された年号 写真:川澄・小林研二写真事 務所
また、創建時から大きくプランが変更されていた青色で示したエリアについては、復元にこだわらず、白を基調とした現代的な展示室へと再構成しました。現行法規に対応するために新設した階段は、意図的に光を抑えることで、空間体験が切り替わるような動線づくりを行っています。

左)古河グループの系譜を展示する、現代的な展示室 右)光を抑えた新設階段 写真:川澄・小林研二写真事務所
写真資料から読み解く室内意匠
室内の写真資料は限られており、色彩を示す情報も残っていませんでした。そのためカーテンやシャンデリアなどの室内要素については、メーカーの協力の下、写真の解像度や角度の違いを比較しながら図柄や形状を読み取り、復元可能な要素を抽出しました。
カーテンでは、部屋ごとに異なる二種類の柄が確認できました。それぞれの図様をトレースし、織設計へと落とし込み、試作とモックアップによる検証を重ねました。写真をグレースケール化してコントラストを合わせ、創建時写真との明度関係の整合を確かめながら、空間に最も馴染む色を選定しています。

左)創建時の写真と検証スケッチ(川島織物セルコン) 右)濃淡差による色の検証
シャンデリアは写真資料をもとに意匠の違いを読み取り、三室それぞれの空間に合わせて再設計しました。格天井との関係も含めて調整することで、光環境や陰影に差異を生み、当時の写真に見られる光の階調に近い空間を再構成しています。

左)検証スケッチ(YAMAGIWA) 右)3室それぞれのシャンデリア 写真:川澄・小林研二写真事務所
現代建築としての性能確保
歴史的意匠の再現だけでなく、現代建築としての快適性にも配慮しています。創建当時は窓際のスチームラジエターのみが暖房設備でした。しかし、冬には氷点下10度を下回る足尾では、同じ方式では十分な環境性能を確保できません。そこで、小屋裏や床下といった本来使われていなかった空間を設備スペースとして活用し、屋根のドーマー窓を給排気ガラリとして利用するなど、意匠と性能を両立させる工夫を施しました。

左)ドーマー窓ガラリ 右)ドーマー窓 写真:川澄・小林研二写真事務所
建具と色彩の計画
外部建具には、環境性能の確保のためペアガラスを採用しています。厳密には創建当時の建具そのものの復元ではありませんが、見付寸法をできる限り当時の形状に揃え、木製建具と上げ下げ窓の形式を踏襲するなど、外観の印象が大きく変わらないよう配慮しています。また色彩については、周辺の歴史的建造物との調和を考慮して選定し、建物全体が景観に馴染む仕上がりとしています。

左)開閉方法まで復元した木製上げ下げ窓 右)外部木造作の色彩検証
掛水地区から始まる歴史体験
足尾銅山記念館での体験は、展示室に入った瞬間から始まるのではありません。掛水地区に足を踏み入れると、社宅群や煉瓦造の建築が視界に入り、かつてこの場所に産業と生活が重なり合って存在していたことを、風景そのものが静かに伝えています。建物に入ると、2階の廊下や復元された室内からは、周囲に残る歴史的建造物が自然と視界に入り込みます。建物そのものが歴史を体験する展示空間となると共に、建物の内と外、展示と風景が重なり合うことで、来館者は足尾の歴史を「知識」としてではなく、「場所の記憶」として体験することができます。

内装を復元した室の一部から、隣接する歴史的建造物を望む 写真:川澄・小林研二写真事務所
歴史的建築を未来へつなぐ
失われた建築を復元することは、単に形を再現することではありません。史資料を丁寧に読み解きながら建築の姿を再構成することによって、過去の空間体験を現在に引き寄せることができます。技術的検証に基づいて復元された足尾銅山記念館が、足尾の歴史的環境をよみがえらせるとともに、近代化の光と影を体験として提示し、未来へ伝えていくための、確かな原動力となることを期待しています。
