ヒストリー

原点. どこから来て、どこへ行くのか

“関係”をデザインするために必要なこと。

私たちはこれまでの半世紀にわたって数多くの建築物・都市空間づくりに携わることができましたが、その活動の根底に常に流れていたのは、単体の建物デザインに終わるのではなく、建築と自然・建築とひと・建築と都市の“関係”をデザインするのだという思想です。しかしながら、都市開発はもちろん、ひとつの建物であっても、それをつくり出していく過程では様々な矛盾にぶつかります。それらを調和に導きしてひとつの空間として解をもたらすのが建築という仕事ですが、時に解決不能のように思われる矛盾もあります。それを乗り越えるために必要だったのが、誰もが対等で自由に議論できる組織づくりでした。多くの矛盾を解きほぐしながら、クライアントの思いを実現し、その背後にある社会の要請に応えるために、私たちはこの対等で自由な議論をもたらす場を日本設計として成長させてきたのです。

「ひとを思い、自然を敬い、未来を想う」。

“関係”をデザインすることは、建物の生命力を維持することに繋がっています。自然と建物の関係やひとが空間から受ける身体感覚は時代を経ても変わることはありませんが、建築物単体の合理性だけでデザインされたものは、時間の経過に伴ってそれ自体の劣化と都市の陳腐化をもたらしてしまうというリスクがあります。私たちが“関係”のデザインと呼ぶものは、お互いに相反すると考えられているものをいかに融合させるかということです。公園の緑とビルの屋上緑化を繋いだ「アクロス福岡」は、竣工から22年を経て、まさに公園と建物が一体となった緑地となって都市に潤いをもたらしています。また、「三井本館の保存と日本橋室町地区の開発」は、建築とひとを繋ぐことを意図したプロジェクトです。歴史的建造物を保存することはどんな建物デザインでももたらすことのできない都市空間の厚みを人々に感じさせるはずです。建築の設計者は都市のありかたのすべてを計画することはできません。しかしその都市の未来像を形づくる初期条件の設定をすることはできます。私たちに与えられたその力は、直接の影響範囲は小さくても計り知れない重さを持ったものであると深く心にとめておきたいと考えています。

1995年竣工時のアクロス福岡
(撮影/テクニ・スタッフ)

2015年のアクロス福岡
(撮影/川澄・小林研二写真事務所)

三井本館の保存(日本橋三井タワー)
(撮影/川澄・小林研二写真事務所)

日本橋室町地区の開発
(撮影/川澄・小林研二写真事務所)

時代を超え、枠組みを超えて都市をつくる。

都市の未来像の初期条件を設定する責任は限りなく重いものなので、私たちは議論だけでなく体験の共有を図っています。それは、世代を超えた繋がりや、組織を超えた繋がりを重視するという伝統ももたらしました。地域の人々の根気強い合意形成の努力によって実現させた市街地再開発である「としまエコミューゼタウン」は、その力を未来の世代に引き継ぐデザインを創造するためにあえて外部の建築家・デザイナーと一体のチームを組んで実現させました。また、今私たちが取り組んでいる「虎ノ門一丁目エリア」では、既存の開発である「虎ノ門ヒルズ」を2つの新たな再開発プロジェクトと繋いで一体的にデザインし、既存地下鉄駅の拡張と新設される地下鉄新駅をつなぐ歩行者ネットワークの整備、BRTのターミナル建設までを含めた国際的ビジネス空間を創り出そうとしています。既往の枠組みでは考えられなかった多数のチームの仕事を統合することによって成し遂げられるプロジェクトは、境界を超えることを身体感覚として持っている私たちならではの仕事であると自負しています。

としまエコミューゼタウン
(撮影/川澄・小林研二写真事務所)

虎ノ門一丁目エリアと虎ノ門ヒルズ
(提供/森ビル)

原点から、次の50年へ。

規模にかかわらず常に人との関係を大切にしながらデザインをした建築物は、いつのまにか都市にとってそうあって当たり前の場所になりますが、先例に倣うものが増えるにつれて、最初の一つの独自のすがたは失われてしまいます。西新宿の高層ビル街でひときわ深い緑の空間を創り出している「新宿三井ビルディング」と「京王プラザホテル」の関係などは、意図してそれがデザインされたことを伝えるものは何もありません。ですが、いずれ当たり前のものとなる上質さを持つ空間づくりこそ、私たちが建築の専門家として目指すものです。「真の独創とは蓋然の先見にある」とはヘーゲルの言葉ですが、私たちは「ひとを思い、自然を敬う」という振る舞いを掘り下げ積み上げた先にこそ、美しく希望に満ちた未来を創造できると信じています。わたしたちの理念にある「未来価値の創造」とはそういうことを意味しています。このような、人間にしかできない仕事を積み上げていく旅を、これまでの半世紀と同様にこれからも続けていきたいと考えています。

現在の日本設計