ヒストリー

3. ひとを思う

高層ビルの足もとに、武蔵野の雑木林を。

高層ビルが建ち並ぶ今の西新宿一帯は、もともと武蔵野の自然が広がる緑豊かな丘陵地でした。やがて東京の都市化にともないその大部分を浄水場が占めるようになり、その浄水場の廃止に伴って「新宿副都心計画」がスタートしたのは高度成長期の1960年代に入ってからです。当時、「京王プラザホテル」と「新宿三井ビルディング」の設計を担当することとなった私たちは、やがて超高層ビル街となるであろうこの場所に、かつての武蔵野の雑木林を再現したいと考えました。そこで、「新宿三井ビルディング」の足もとにある「55ひろば」を誰もがくつろげる緑生い茂るオープンスペースとし、先に完成していた「京王プラザホテル」北側の緑道ともつなげることで、かつての雑木林を髣髴させる空間を誕生させました。

新宿三井ビルディング 55広場
(撮影/川澄・小林研二写真事務所)

京王プラザホテル 緑道
(撮影/川澄・小林研二写真事務所)

限られた空間の中でベスト尽くす。

都市から自然を切り離してはいけない。いくら機能的な都市でも、そこに自然がなければひとは真の意味での豊かさや心地よさ感じることはできません。1980年代に入ると超高層ビルが次々に建てられるようになりましたが、私たちは限られたスペースでも潤いのある場所を連続させることで、心地いい都市空間を創造できるはずだと考えました。例えば東京・築地の「興和住生築地ビル」では、緑の庭園を川辺の空間とつなぐことでより開放感のある公開空地にしました。また、福岡市の「アクロス福岡」では、ひな壇状に連なる各階の庭園を屋上までつなぐことにトライしましたが、1995年の竣工から20年以上経ってその外観はまるで緑の丘のようになっています。

興和住生築地ビル 全景
   

興和住生築地ビル 庭園
   

1995年竣工時のアクロス福岡
(撮影/テクニ・スタッフ)

2017年のアクロス福岡
   

ひとが集い、行き交う空間づくりを。

日本の都市計画制度では、その建物の足もとの「空地」の広さに応じて建物の規模が決められます。よって、高層ビルの足もとには必然的に誰もが利用できる公開空地ができるのですが、そこが制度をクリアするためだけに造られた形だけの広場や単に植栽を植えただけの場所では、都市空間は抑揚も魅力もないものになってしまいます。そんな中、「虎ノ門ヒルズ」では限られた足もと空間を立体的に活用する手法に挑みました。地下のトンネルの勾配に沿って上昇する緑豊かなステップガーデンや広場を立体的に構成し、さらには建物内も屋外の勾配に合わせことで屋外と屋内の緑の関係をより密なものにし、ひとが集い、憩い、そして行き交う活気あふれる空間としました。

 

虎ノ門ヒルズ ステップガーデン
(撮影/川澄・小林研二写真事務所)

虎ノ門ヒルズ 広場
(撮影/川澄・小林研二写真事務所)

ひとにとって心地良い場所を敷地の外へも。

「虎ノ門ヒルズ」から西に向かって850mの場所に、2017年9月「赤坂インターシティAIR」が完成を迎えます。その敷地内には、人々が集いくつろげる5,000㎡超の広大な緑地があります。建物内だけでなく、屋外にもひとにとって居心地のいい場所をつくる。そこには、「新宿三井ビルディング」の足もとに「55ひろば」を設計した当時の「ひとへの思い」が受け継がれています。さらにこの「赤坂インターシティAIR」と「虎ノ門ヒルズ」をつなぐ道を木陰と木漏れ日で覆う「大緑道」構想も進行中。ひとを思う思想は今、建物の敷地を越えて地域づくりへと広がっていこうとしています。

赤坂インターシティAIR

赤坂インターシティAIR 緑地

大緑道構想