ケーススタディー

日本橋二丁目地区プロジェクト

誇れる文化財を育み、街の活力へ

江戸の経済の中心、五街道の起点であった日本橋。現在も銀座、京橋、八重洲を経て日本橋・室町へとつながる中央通りは日本を代表する通りの一つです。
日本設計は、日本橋一丁目三井ビルディング(COREDO日本橋)日本橋三井タワー・三井本館を皮切りに、長年にわたってクライアントとともに日本橋エリアの再生に尽力してきました。その後の日本橋室町東地区開発計画(COREDO室町)武田グローバル本社福徳の森など、伝統・文化の継承を共通のテーマに、他にはない唯一無二のまちづくりに取り組んでいます。
日本橋髙島屋S.C.本館は1933年(昭和8年)に建てられた後、増築、改築の歴史を経て現代に至りました。この長い歴史を持つ建造物を残しながら開発することを、クライアントと私たちは選びました。歴史的建築物を保存しながら活用するという共存共栄の考え方こそが、持続可能な都市の価値を作るのだという思いが強かったからです。
A街区:太陽生命日本橋ビル/日本橋髙島屋S.C.東館B街区:日本橋髙島屋S.C.本館C街区:日本橋髙島屋三井ビルディング/日本橋髙島屋S.C.新館

中央通りから見るプロジェクト全貌。手前がB街区、左がC街区、右がA街区。左奥はCOREDO日本橋。(撮影/川澄・小林研二写真事務所)

日本橋二丁目地区の空撮。(撮影/川澄・小林研二写真事務所)

かつては、大手町・日本橋・茅場町が金融の中心でしたが、昨今は六本木周辺と二極化しています。このような状況で、大手町・日本橋をどのように活性化させるかという課題に対し、中央通りは「賑わい軸」、永代通りの大手町から兜町にかけては「金融軸」というコンセプトで開発が進んでいます。また、本プロジェクトに続き、八重洲、京橋での開発などが続くことにより、点から始まった開発が街全体へと広がっています。

日本橋二丁目地区周辺広域図

かつての通りを、賑わうガレリアへ

本館とC街区の間の区道は、かつては従業員や駐車場の出入口、クリーニング店や宝くじ売り場が並び、狭い車道を車が走り、道行く人も少ない道でした。この通りを歩行者専用道に変え、屋根をかけ、通りの両側には賑わいを創出する店舗や地下鉄の出入口などを配置し、街の賑わいの核となるようガレリアとして再生しました。このガレリアの大庇はガラス屋根で高さ約40m、長さ約90mあり、計画にあたっては文化庁や教育委員会をはじめとした関係官庁との度重なる協議を経て実現しました。この大庇は新旧の建物を一体的に融合させ、時代を超越した価値を未来へ継承する本プロジェクトのシンボルとなっています。
また、複数街区の開発の強みを生かし、ガレリアを中心とした地上の歩行者ネットワークのみならず、地下鉄コンコース直結の地下歩行者ネットワークと地下広場を整備しました。

中央通りから新旧の建物が融合する日本橋ガレリアを望む。(撮影/川澄・小林研二写真事務所)

日本橋の新たな賑わいの核となる活気あふれる日本橋ガレリア(撮影/川澄・小林研二写真事務所)

保存から、生きた文化遺産の活用へ

昨今では重要文化財であっても、特に大規模な近代建築においては、「生きた文化遺産“リビング・ヘリテージ”」として建物を使い続けることが課題となっています。これまでの記念碑的な凍結保存から、いかに活用するかへ社会的要求が変化してきた時期に進められたこの計画が呼び水となり、2019年4月には文化財保護法が活用面も重視する方向に改正されました。
これ程の大規模な重要文化財を活用し続けるための事業は、前例のない先駆的な試みでした。文化庁他行政とも試行錯誤の末に完成した本プロジェクトが、今後の文化財活用における良き参考事例となればと思っています。

本館増築の変遷