ケーススタディー

環状第2号線と「虎ノ門ヒルズ」

東京都心の大規模開発エリアである、汐留地区や六本木・赤坂の大街区構想区域などは従来、エリアとしてのつながりが弱く分断されていました。それは、これらのエリアを結ぶ虎ノ門・新橋地区が都心の高地価区域であることや、多数の権利者が存在するといった諸条件により開発が停滞していたからです。環状第2号線という大動脈が開通することにより、都心に新たな流れを創出し、これらの大規模開発区域や臨海部、さらには羽田空港まで見据えた新たな東京のグランドデザインを描くことができます。 歴史的に由緒ある緑豊かな「愛宕山」に近接する環状第2号線「新虎通り」は、道路幅員40mのうち歩道幅員約13mという東京でも有数の都市空間を創出しています。「虎ノ門ヒルズ」は、これらの空間要素をつなぎ合わせる場所に位置し、新たな都市のネットワークを構築するものです。オフィス・店舗・カンファレンス・住宅・ホテル等の複合機能をまとめて超高層化することで敷地内に大規模な空地を生み出し、「新虎通り」の緑豊かな歩道空間に連続するアトリウム、ステップガーデンや芝生のオーバル広場により広域に渡るオープンスペースを都市のなかに創出。広幅員の幹線道路により地域が分断されることのないよう周辺地域とのつながりを重視し、複合機能を持つコンパクトシティによる潤いと賑わいが共生する新たな都市空間を目指しています。環状第2号線は都心の新たな大動脈であり、2020年東京オリンピック・パラリンピックでもその役割は大きいと思われます。今後周辺開発が進み、グローバルな都市間競争に打ち勝つ国際ビジネス文化都心が形成されるためのリーディングプロジェクト、それが「虎ノ門ヒルズ」です。

虎ノ門ヒルズ周辺広域図|Wide Area Map of Toranomon Hills

虎ノ門ヒルズ周辺広域図

「みちづくり」から「まちづくり」へ

環状第2号線は、1946年(昭和21年)に「街路幅員100m・延長9.2km(神田佐久間町~新橋区間)」として都市計画決定され、新橋~虎ノ門区間は通称「マッカーサー道路」と呼ばれていました。1950年に現在の幅員40mに計画縮小され、その後、開発が停滞していましたが、1989年都市計画道路と建築物等を一体的かつ総合的に整備することが可能となる「立体道路制度」が創設。この制度を適用し、環状第2号線の新橋~虎ノ門区間は地下トンネルとして計画変更し、環状第2号線道路整備と関係権利者の生活継続の両立が図られました。財源的にも、都心の高地価区域での道路整備(用地買収費の圧縮)の道筋がついたことで「みちづくり」が大きく推進されることになりました。その後、再開発事業の施行者である東京都が、2002年に「事業協力者方式」を導入、2009年に「特定建築者方式」を決定したことから、環状第2号線開発は新たな「まちづくり」へと向かうことになりました。官民が一体となって「まちづくり」を推進し、「立体道路制度」を適用した道路上空に約6,000㎡の広場空間を整備するとともに、多様な都市機能が高次に集積・融合する超高層タワー「虎ノ門ヒルズ」として整備されました。

立体道路制度を適用した環状第2号線を内包する虎ノ門ヒルズ Toranomon Hills Encompasses Loop Road No.2, Developed Under “Multi-Level Road System”

立体道路制度を適用した環状第2号線を内包する虎ノ門ヒルズ

「虎ノ門ヒルズ」は、施工者である東京都と地元権利者・沿道住民、さらには特定建築者である森ビル等の関係者の英知の結集により、「土木と建築」・「公共と民間」の融合した総合的な「まちづくり」として結実しました。虎ノ門ヒルズ・環状第2号線開発は都心部の交通渋滞を緩和するとともに、臨海部を含めた沿道の開発を誘発し、東京の都市構造を再編・誘導するまちづくりとして期待されています。

虎ノ門ヒルズを含む再開発事業の変遷|History of Toranomon Hills Redevelopment Project

虎ノ門ヒルズを含む再開発事業の変遷|History of Toranomon Hills Redevelopment Project